大阪府生まれ、古座川町育ち。北海道の大学に進学後、ニュージーランドでのファームステイや、ワーキングホリデーを活用したドイツ生活などを経てUターンした。古座川町は、深い山々が連なり、鮎やうなぎが生息する美しい川が流れる自然豊かなまちで、土地面積は県内の町で3番目に大きい。人口は2600人ほど。手つかずの自然が多く残る古座川町では、野生動物たちの姿も頻繁に見られる。
食を知り、町を知る
町の農作物を荒らし、地域住民を悩ませる原因になっていた野生動物たち。古座川町月野瀬にある「古座川ジビエ 山の光工房」(以下、山の光工房)は、野生のシカとイノシシの命をジビエとして大切に活用し、地域の特産品としてその魅力を発信する。ジビエとは、狩猟で得た野生鳥獣の食肉を意味するフランス語。古くからヨーロッパ貴族の伝統料理として発展し、近年日本でも人気が高まっている。
山の光工房は、野生動物の解体から加工までを一貫して行う施設。最新の設備と高い技術で、安全かつ上質なジビエ肉に仕立てる。徹底した食品衛生管理を行い、日本政府から「ジビエ利用モデル地区」にも選ばれた。
ここに地域おこし協力隊として1年半ほど前に着任したのが森田裕三さん。ドイツで身につけた技術を活かして、着任後は解体方法を大幅に改善し、新商品の開発も手掛けている。
本場ドイツで培った職人技
大阪府で生まれた森田さんは、父親の仕事の関係で1歳のときに古座川町へ。北海道の大学に進学し、愛知県で4年ほど肉の加工に携わった後、ワーキングホリデーを利用してドイツへと渡った。森田さんが現在の仕事に繋がるきっかけを得たのは、1年間の滞在期間終了を迎えるころのこと。
「ワーキングホリデーって20代後半で行く人が多いんですけど、1年で帰国してもなかなか職に就けないというのが問題になっていて。愛知県で食肉関係の仕事をしていたので、食肉店の職場でも働いてみようと思って現地で職業体験に行きました」。
食肉店での3年間の修行を経て、ドイツの国家認定資格であるゲゼレ(一般職人)の資格を取得。その後、アウグスブルグにあるマイスタースクールに進学し、さらに上の資格であるマイスターを取得した。修行先でメインに扱っていたのは、牛や豚であったが、季節によりカモシカ、猪、羊、うさぎ、七面鳥など様々な肉の扱いがあったという。仕事内容は屠殺から始まり、解体、精肉、加工までを行っていた。
「お肉屋さんはすごくいいところで、楽しかったです。シェフ(親方)は『私たちの成績は常にNo.1でないといけない』という人でした。仕事量は多かったですが、熱心に指導してもらって、実技試験の成績は上位で卒業できました」。
帰国後は千葉県の食肉加工会社で1年半ほど働き、結婚と子育てを機にUターン。ドイツで培った経験とスキルを最大限に活かせる山の光工房に地域おこし協力隊として着任した。
山の光工房の施設長を務める鈴木さんによると、森田さんが来てからは動物の解体時間が3分の1ほどに削減され、より衛生的で鮮度の高い状態で加工できるようになったという。
マイスターの技術で、広がるジビエの魅力
これまで北海道や愛知、千葉と国内各地での生活経験があり、ドイツにいたころも長期休暇を利用してヨーロッパ各国を回っていた森田さん。高校生までを古座川町で過ごしていたこともあり、生活での不便さなどを感じることは特にないという。
「土日が休みなので、妻が仕事のときは子供をみています。庭の畑仕事をしたり、夏場は子どもと川に行ったり。ジビエは普段から食べますよ。昨年、罠の狩猟免許を取って、今年は鉄砲の方も取ろうとしています。猟期が楽しみですね。
不便なこととかは特にないですが、蛇が苦手なのでここだと出くわす確率が高くなるのは不満です(笑)。なかなか飲みに行けないのも残念なところですね。都会にいたときはいろいろ遊びにも行っていましたが、なければないでやっていけます(笑)」。
本場ドイツで腕を磨いた森田さんの経験と技術力が加わり、ジビエの魅力が地域内外の方々にあらためて認知され始めているようだ。そんな森田さんたちのジビエ商品は、山の光工房の施設やオンラインストア、古座川町の道の駅、産直オンラインショップ「ポケットマルシェ」などで購入可能。これまでジビエに馴染みのなかった人も、手軽に調理できる商品が多くあるので試してみてはいかがだろうか。古座川町ならではの食が、地域を知るための入り口になればと思う。