並河 哲次(なみかわ てつじ)さん

京都府→新宮市

大阪府出身。京都大学農学部に進学し、友人と一緒にまちおこしのお手伝いをするため全国様々な地域へと赴く。和歌山県新宮市熊野川町を訪れた際、若者支援を行うNPOを運営していた代表やその人の暮らしに興味を持ち、学生の間に幾度も足を運ぶことに。大学を卒業してからは本格的に新宮市熊野川町に移り住み、二年後の2011年には新宮市の市議会議員に当選。現在は、若者向けの泊まれる図書館「Youth Libraryえんがわ」と、物語を語る一棟貸切の宿「神倉書斎」の留守番係をしつつ、奥さんと一緒に畑などをしながら夫婦二人で日々楽しんで生活している。

有機農業で自給自足の暮らしを営む人たちとの出会い

日当たりのいい広い縁側。冬にはこたつが置かれ、夜は電飾が灯っていっそう温かみのある雰囲気になる。隣には地元の高校生などに人気のタピオカ屋さん。すぐ近くには小学校があり、生徒さんたちの元気そうな声が聞こえてくる。

「Youth Library えんがわ」は、若者の学びを応援しようと、2013年に並河さんがオープンした宿泊もできる図書館だ。現在、並河さんはこの場所ともう一軒「神倉書斎」という一風変わった一棟貸切の宿の“留守番係”をしている。 

並河さんが初めて新宮市に来たのは大学生のころ。まちおこしのお手伝いをするという学生の取り組みの一環として、熊野川町のNPOを訪ねたときのことだった。若者を対象に、滞在場所と食事を提供していたNPO。農を基礎とした生活を営むNPOの方々の暮らしや、経験豊富な代表の人柄に惹かれた並河さんは、その後、何度も熊野川町へと行き来するようになった。

「やっぱり代表が面白かったのもあるし、もともと環境のことに関心をもって農学部にも入ってたから、薪をストーブとかパンを焼く燃料にしていたり、環境について考えたことを生活で表現するっていうのはすごいなと思いましたね」。

大学を卒業後は、NPOが運営する廃校を活用した木造の校舎に滞在し、農業やポン菓子屋さん、家庭教師、ブログでの生活の発信などをして過ごした。また、いろいろな生き方があることを知ってもらいたいと、友人や後輩など一年間で100人ほど呼びよせたという。

「Youth Libraryえんがわ」近くにある神倉神社の鳥居。冬には、松明をもって538段の急峻な石段を駆け降りる「御燈祭り」が行なわれる。

進学か、就職か。その外には多様な選択肢が広がっている。

熊野川町に住み始めてから約二年後、並河さんは新宮市の市議会議員選挙に立候補し、見事当選。議員になろうと思ったきっかけは、大学4年生のときのご自身の経験にあった。

「当時、自分の進路としては進学か就職かしか見えてなかったんですけど、そのときはどっちも選びたい気分ではなかったから、じゃあどうするのって考えたときに選択肢は“無い”ってなってたんです。でも、そこに休学っていう選択肢が見つかったので、これは“一時停止”やなと。冷静にいろいろ考える時間にできるのではないかと思って休学することにしました」。

進学か就職という二つの選択肢しかないと思っていた学生時代。そんなふうに進路に迷った理由は何だったのかと考えたところ、幼少期からおかれる受け身の教育という環境に原因があるのではないかという結論に至った。

「生きたいように生きればいいだけだから、選択肢は二つしかないみたいなのって、おかしいやん(笑)。でも、それはあとで振り返るとそう思うけど、当事者の自分はそうは思えなかったし、多くの人はそうは思えないんだろうなと思って。その理由を考えたときに、ずっと学校に通ってたからだろうなという結論に達したんです。受け身で教育を受け続けるということは、常に受け身で進路選択をし続けるということで、幼いころからそれを繰り返してきてるから、大学生になっていきなり自分で考えて選ぶのはむりだと思って(笑)。教育が変わることで、進路選択を苦しむ人が減って、もっと楽しむ人が増えたらいいなと思っています」。

ゆるゆると、楽しく過ごしています

一言に新宮市といっても、現在並河さんが暮らしている比較的栄えた地域から熊野川町のような山奥まで、生活を取り囲む環境は多様にある。一方で、インターネットと運送会社があるおかげで買い物はどこでもできる。自動車があれば山側、町中のどちらにも容易に行き来することが可能だ。その上で、生活の主となる拠点をどこにするかという視点で移住先を考えるのもいいかもしれない。

並河さんは議員になるためまちなかに出ることを選んだが、結果として、子供が自分の足で通えるところに「Youth Libraryえんがわ」のような若者と直接関わることのできる場所を作ることができた。

新宮市で二期に渡って議員活動に取り組んできたほか、「いろんな生き方を見せてあげたい」「その人が目指す進路を応援したい」という思いを根っこに、さまざまな取り組みを行なってきた並河さん。今後のことについて尋ねると、

「えんがわで、もう少しちゃんと進路相談とかのれたらいいなというのはあるかな。神倉書斎にも、コロナが明けたらもう少しお客さんが来てくれたらいいなというのもあります(笑)。でも大きなビジョンはないんですよ。かなり自分の気持ちをフリーにしていますね。そういう期間がどのくらいになるかわからないですけど、今はそれでいいと思っています。同世代の人でも圧倒的な進化のスピードで確実に社会を変えている人はいるから、そこはぼんやりと見てる。気分がのってきたらまた走ったらいいかなという感じで、楽しく過ごしています」。

奥さんが始めた畑で一緒に作物を育てたり、スクーターに乗って少し遠方までお出かけをしたり、週に一度は隣町まで温泉を楽しみに行くという生活。「夫婦そろってこんなにゆるゆるしている人はいないと思う」と並河さんは笑う。

並河さん、二度目の“一時停止”だろうか。その日々を楽しく笑顔で過ごす姿もまた、進学や就職だけではない一人ひとりの多様な生き方を示してくれているようだ。