那智勝浦町は、延縄(はえなわ)漁法による生まぐろの水揚げ高が日本一を誇る、人口14,500人ほどのまち。新鮮な魚介に恵まれているほか、温泉もあり、山側では日本一の大滝「那智の滝」が流れるなど観光地としても人気がある。山口県出身の山本さんがこの地に移住したのは2021年1月。那智勝浦町きっての水産業者「株式会社ヤマサ𦚰口水産」(以下、𦚰口水産)に広報担当として入社し、「サスティナブル×まぐろ」をキーワードに様々な活動に奮闘している。
まぐろの発信を通してサスティナビリティを伝える「レアキャラよそ者、さやまる」
勝浦漁港のすぐそばにあるカフェで待ち合わせをしていると、𦚰口水産のロゴが大きくあしらわれた紺色のシャツを身につけて山本さんが登場。この日は休みだというが、取材のために職場のユニフォームを着てきてくれた。𦚰口水産といえば、創業明治30年の老舗水産業者。「『食』に関する『喜び』『感動』『楽しみ』を広く積極的に提供」するという指針のもと、いつまでも変わらないまぐろを届けようと時代に合わせて変化、挑戦し続けている。ユニフォームを見たカフェの常連客と思われる数名が、山本さんに「応援しとるよ!」と声をかける。地域の方々からも注目と期待を寄せられていることが伝わってくる。
山本さんは、2021年1月に𦚰口水産の広報担当として就職。太地町で3か月ほど暮らしたのち、那智勝浦町に移住した。もともとは大阪と那智勝浦の二拠点で働く予定だったというが、太平洋に突き出した紀伊半島の南端をぐるりと回り、さらに三重県側に位置する那智勝浦町が、思いのほか遠かった。
そうして移り住んだ土地で、地域の人たちからは「さやまる」の愛称で親しまれている。港から出向しようとしていた船の名前から付けたもので、これから那智勝浦町で新しい生活を始める山本さんの状況に掛けたそうだ。明るく親しみやすい雰囲気の山本さんは、「那智勝浦町で友だちを100人つくる」という移住当初に掲げた目標を早々と達成して地域にもすっかりと馴染んでいるようす。
自らを、「海のサスティナブルに興味があって、那智勝浦のまぐろ屋で働きつつ移住をした、レアキャラよそ者のさやまるです」と称し、「よそ者」「水産業で女性」「サスティナブル」という三つを軸に発信、活動していきたいという山本さん。山本さんが目指すものや、この土地だからできることについて尋ねた。
自分のしたいことができる場所
「もともとは、サスティナブルや国際協力に関わる仕事がしたかった」という山本さん。過去には、途上国・国際協力に特化したNPOメディア「ganas」の記事執筆や、オーストラリア、フィリピンへの海外留学の経験もある。
そんな山本さんが、はるばる那智勝浦町へと移住して𦚰口水産に就職。その理由について次のように話す。
「三つあって、一つ目はまぐろの資源の持続可能性と、経済の両立を本業でされていることです。二つ目はオンライン面談から入ったんですけど、私はこういうことをやりたいんですって言ったときに『いいじゃん!』と言ってくれて。未経験でも挑戦させてくれる風土がある会社なんだなと思いました。三つ目は、私も海がある山口県の出身で海と自分が身近。山口県では原発の発電所が建つ予定があって、その汚染水が海に流れることが問題視されていたり、プラスチックの問題とかに興味があったので、自分ごとにできそう、本気で取り組めそうやなと思いました」。
持続可能な社会に向けて活動する手段はいくつもある。山本さん自身、生活のための仕事と個人的な活動を分ける方向性も考えたという。一方で、ボランティアの活動経験から収入に繋がらないことを続けることの難しさも感じていた。
「漁法によってもまぐろの資源を守れるかということに繋がるんですけど、𦚰口水産は自社の主力の商品で、乱獲したまぐろは使わないとかの調達方針を出していて。そういう会社で働いて、普及していくのが自分のやりたかったことにも繋がるなと思って、今ここにいるんです」。
那智勝浦町に来て、初めて知ったまぐろの可能性
𦚰口水産への就職を通して、田舎の会社ならではのメリットを感じることがあるという。
「たぶん私が大阪にいたとしても、サスティナブルとかに興味のある人や、そういう団体を立ち上げている学生とかもいっぱいいるなかで、社会人で広報未経験、でもこういうことやりたいんですって言っても、あんまり響かない気がするんですよ。広報でYouTubeとか出させてもらってますけど、たぶん競争とかがないからやらせてもらえてるんだと思います。若い人も少ないし。『やりたいならいいんじゃない?』みたいな感じでさせてもらえているのがめっちゃありがたくて、やりたいことができてると感じてることで自己肯定感が上がりますね」。
持ち前の明るさで地元の方々との人間関係を築き、仕事も楽しんでいるようすの山本さんだが、移住後に困ったことがあるそう。一つは自動車の運転。もう一つが、近くに本屋さんがないこと。
「本を読むのがめっちゃ好きなんですよ。だから勝浦に来て身近に個人店の本屋さんがなくて、本屋ロスに。私にとっては本屋さんで過ごす時間が大事やったんやなというのに気づいたんですよ。だから自分にとって大切なものとか、大切にしたい時間とかをちゃんと知って、それに見合う移住先を選んだらいいんじゃないかと思いますね。まあ私がうかつ過ぎたんですけどね(笑)」。
本屋さんがないのは残念だったが、移住したことについては「来て良かったと思いますし、会社にとっても採用して良かったと思われるような人になりたい」と山本さん。今後していきたいことについて尋ねた。
「良いものを適正な価格で売るというのはありますね。それからSNSとか、オンライン上で𦚰口水産のファンを増やしたいなと思っていて。オンラインツアーがあるんですけど、勝浦とか熊野の自然についてレクチャーして、まぐろの解体ショーをして、その後に競りをオンライン上でするんですよ。勝浦のまぐろのこととか、まぐろの問題とかも話して。今、若い人でサスティナブルに興味のある人が多いので、自然に興味を持つこともサスティナブルに繋がるのかなと思います。入社前は、ただ販売促進でSNSで発信するだけやろ、とか思っていたら、観光ツアーもできるし、自然にも繋げられて教育にもなるし、間口広いなと思って。そういうのをこっちに来て、広報をやるなかで知りました。いや、まぐろすごいですね(笑)」。
活きいきとした表情で話す山本さんからは、実感としての言葉が次々とあふれ出してくる。YouTubeの「ツナ娘チャンネル」では、ツナ娘さんと一緒にまぐろにまつわる様々なことを発信。地域のことを楽しみながら知ることもできるので、山本さんの今後の活躍とともにぜひ注目していただきたい。