
―大阪から和歌山県美浜(みはま)町に移住し、ベーグル&おむすびのお店「おはな結び」を開業した吉田夫妻。地域の人々に支えられながら、また、彼らとの交流を楽しみながら、ベーグルとおむすびで地域を盛り上げる。そんな吉田夫妻に移住までの経緯、「おはな結び」開業エピソード、そしてこれからについてお話を伺った―
心を動かされた先輩移住者との出会い
「海の見える街で飲食店を営みながら暮らしたい」大阪府豊中市に住んでいた吉田夫妻(雅之さん・江美さん)は、移住先を探して、雅之さんの故郷である和歌山の海岸線を巡っていた。和歌山県の中部にあり、紀伊水道に面する美浜町。二人が訪れたのは、その町の西端「三尾(みお)地区」だった。周りを見渡すと、海に向かって家々が立ち並び、多くの屋根が強い海風をしのぐために白漆喰で瓦を固定している。浜に打ち寄せる波は白く、穏やかな風景の中に自然の力強さが感じられた。この風景に「癒された」と話す江美さん。
二人は地区にあるゲストハウス&バー「ダイヤモンドヘッド」でお茶を飲み、退店しようとしたその時、オーナーの大江亮輔(おおえ りょうすけ)さんに声をかけられた。「大江さんは和歌山市から移住した方で、地区の古民家を購入し、そこでゲストハウスをしながら、新たな移住者の受入・サポートなどもされていました」江美さんが移住先を探していることを伝えると、大江さんは熱心に、地域での暮らし、地域の歴史、自身が移住した際の苦労話などを教えてくれたそうだ。「夢中になって話を聞いているうちに、辺りはすっかり夕暮れ時。店先から見える海の夕景がとても綺麗でした。そして、熱心に教えてくれる大江さんの人柄に心を打たれながら、二人して『この地区に住みたい』と考えるようになっていました」
仮暮らしで「地域を知る」
美浜町への移住を決めたものの、実際にそこで暮らすイメージが持てなかった吉田夫妻。その当時(2022年4月)は、コロナ禍の真っ只中。ともに会社員だった二人は、会社がリモートワークを推奨していたこともあり、「いっそ、お試しで美浜町に住んでみよう」と行動を起こす。町内にアパートを借り、大阪と和歌山との二地域居住をスタート。「本格移住に至るまでの『仮暮らし』生活でしたが、美浜町での暮らし、住んでいる人達の人柄も良く分かりました」と江美さんは話す。「飲食店をやりたい」と考えていた雅之さんも、「実際に暮らすことで、どのような人が住んでいて、観光客がどの程度いるかも把握できましたし、大江さんのご紹介で、町役場や商工会の方々とも仲良くなれました。皆さんには、開業に向けて、提供するメニューや事業計画など、いろいろとご助言をもらいました」と、仮暮らしの期間が良い準備期間になったと答えてくれた。
「何のお店を開くかについては、いろいろと考えました。ただ、美浜町での暮らしを続ける中で、海岸線の綺麗な景色を目当てにバイクや自転車で遊びに来る人がたくさんいること。にもかかわらず、ご飯を食べたり、コーヒーを飲んだりできる場所が少ないことに気づきました。そして、サイクリストやバイカーが手軽に食べられる『おむすび』と『ベーグル』のお店がいいんじゃないかと考えるようになりました」と二人は話してくれた。
夢が”かたち”になっていく
雅之さんはベーグルを、江美さんはおむすびの研究を始めた。飲食業での勤務経験があった江美さんは、知り合いの米屋さんが開いた「おむすびワークショップ」に参加。そこで教えてもらった、固く握らずに「ふわふわ食感」のおむすびをつくるため、家に戻って試作に試作を重ねた。雅之さんも大阪のパン教室に通い、ベーグルづくりを学んだ。「その日の温度、湿度に合わせて、ベーグル生地を作らなければならず、本当に難しい。失敗の連続だった」と、試行錯誤の日々を振り返る。
店舗探しについては、空き家バンクや地元の不動産事業者を頼った。「店舗兼自宅として使える物件を探したのですが、なかなか見つからず、難儀しました。ただ、そんなある日、突然条件に合う物件をネットで見つけたんです。残置物が多く、処分に苦労するかなと思いましたが、大江さんからも後押しいただき、この場所で開業することを決めました」
そして、開業準備に着手した矢先のことだった。二人は大江さんからある提案を受ける。「開業準備の間、大江さんのバーで、お試し開業してはどうかと言ってくれたんです」願ってもない機会を得た二人は、早速お店のインスタグラムを開設し、店名を「おはな結び」に決めた。「『花結び』という言葉があり、意味は、水引きで使われる『蝶結び』のことです。その花のカタチを結ぶように、お店に来てくださるお客様との間に生まれるご縁を大切にしたいという思いを店名に込めました」そして、インスタグラムの最初の投稿には、夕焼けに染まる海とベーグル2個、おむすび1個を載せた。
2023年2月。二人のお店「おはな結び」の間借り営業が始まった。インスタグラムの投稿と口コミだけが頼りの営業活動だったが、偶然にも複数のメディアに取り上げられ、少しずつファンが増えていった。周辺市町で開催されるマルシェ(複数の店舗が広場などに集まり開かれる販売イベント)へ参加する機会も得た。「6月までの4か月間にわたる間借り営業でしたが、お客様からの反応を直接感じ取ることができる良い機会となりました。また、マルシェに参加したことで、他の飲食店・雑貨店の方とも知り合いになるなど、人の輪がどんどん広がっていきました」
多くの人に助けられて、二人のお店が出来上がった
2023年10月には、購入した物件の改築作業を開始。厨房とトイレの工事は専門業者に依頼。残りの部分は、残置物の処分にはじまり、全て二人で行った。「ごみ捨てだけでも数か月かかりました。その後のリノベーションは、YouTube動画を見ながらのDIY。ただ、床の張替えや壁の塗り替え、棚づくりは、妻の大阪時代の友達夫婦やこちらで知り合ったご夫婦が、休日の貴重な時間を使い、手伝いに来てくれました」
最初は、「地域の人達に受け入れてもらえるかどうか相当不安だった」と話す江美さんだが、和田地区での仮暮らし、大江さんのバーでの間借り営業、様々なイベントへの出店を重ねる中で、いつしか多くの知人・友人が町内にできていた。「さまざまな人達に出会い、つながりが生まれ、関係が豊かになっていくことが楽しくて仕方がありませんでした」と当時を振り返る。
2024年3月23日のグランドオープン。生憎の土砂降りの中を、家族・親戚、大阪時代の友人、ご近所さん、インスタを見た観光客が来店し、店内は賑わいを見せた。唯一の宣伝媒体であるインスタグラムには、2~3日に1回は必ず投稿し、週ごとの日替わりランチメニューを掲載したり、来店されたお客様との写真、その日のエピソードなどを紹介した。これまで参加していたマルシェにも継続的に出店し、加えて、美浜町内にあるシェアキッチンでも定期的に出張販売を行った。このような活動が奏功し、お店の知名度は徐々に高まっていった。「口コミやGoogle地図でお店のことを知り、来店してくれるバイカー・サイクリストも増えています。お店の認知度が高まっている」と、江美さんは手応えを感じている。
そして、グランドオープンから間もなく1年。 「移住先でお店をするって、オープンの時もそうですが、今も『不安』だらけです。ただ、来店されたお客様がランチを食べて喜んでくれたり、ベーグルやおにぎりをテイクアウトしてくれたり、再訪してくれたりすると、やってきて良かったなと思います」と大変だったこれまでのことを振り返りながら、江美さんは答えてくれた。
「坂のない尾道」を目指して
今後の目標や展望については、「サイクリストやバイカーの方に喜んでもらえるお店をつくることが元々の目標でした。ですので、サイクリストにもっとお店のことを知ってもらいたいです。そのためにも、お店のメニューを充実させたい。ベーグルの新商品を期待するお客様の声は多いので、種類を増やしていきたいです」と江美さんは話す。そして、雅之さんは「この地区も高齢化が進んでいます。遠方まで買い物に行けない、食事が作れないといった高齢者が多くいるので、お弁当の配達をして、地域課題の解決に貢献できればと考えています」と話してくれた。
地域の人達にお世話になってきたからこそ、雅之さん・江美さんは、地域をみんなで盛り上げていきたいという想いを強く持っている。雅之さんは、地域再生に取り組むNPO法人に所属し、鳥獣害対策や地元の特産品開発に取り組んでいる。江美さんは、来店されるお客様に地区の観光地(龍王神社、カナダミュージアムなど)を熱く紹介している。
「地域をみんなで盛り上げて、そんな地域に惹かれて移住者が増えて、何か新しいお店をしてくれれば、地域のお店も多種多様になり、三尾の魅力も高まります。広島県にある坂のまち・尾道はそのような街ですよね。三尾もそんな風になってほしい。『坂のない尾道』みたいな街になったらいいなと思います」
移住を検討されている方へのメッセージ
「とりあえず行動を起こすことです。一週間に1回程度でもいいので、移住したいと思う地域があるなら、そこを訪れること。そこに住む人と話すことが大切です。その際のポイントは、『楽しく会話する』です。躍起になって親しくなろうとせず、『この人は何をしている人なのだろう?』といった好奇心を持ち、楽しみながら会話してみてください。何でも楽しんですることが大切だと思いますよ」と雅之さんと江美さんは話す。
― 「何でも楽しまないと」と話す雅之さん・江美さん。二人の好奇心の向かう先は”食”に限らない。美浜町が開催した「推しの美浜」フォトコンテストにも参加し、いきなり「佳作」に選ばれた。移住先での暮らしを全力で楽しみながら、そこで得られた人とのつながりを大切にしてきた二人。「おはな結び」が結び上げる”地域の輪”はますます大きくなっていく ―
おはな結び公式インスタグラム
https://www.instagram.com/ohanamasaemi/
Guest house & Bar ダイヤモンドヘッド(オーナー : 大江亮輔さん)公式インスタグラム
https://www.instagram.com/guesthousebar_diamondhead/