熊野古道が通る天空の小さな集落、中辺路町高原(たかはら)に移住した川崎貴光さん・由依子さん。お米やみかんを育て、季節の具材をむすぶおむすび屋「じぞうど」としても活動。身近にあるものを活かしながら、暦を感じる暮らしを築いています。
いなかで暮らしたい、互いの想いが膨らんでいく
東京都清瀬市で暮らしていた貴光さん。池袋まで電車で30分ながら自然豊かなまちですが、その便利さもあって若者は都心に流れ、まちに魅力的なお店や催しが少なかったといいます。「無いなら自分でやってみよう」と、貴光さんはマルシェや映画上映会を主催。出店者として、おむすびや焼き菓子を作っていたのが、由依子さんでした。
小学生の頃に読んだある本をきっかけに、幼い頃から自給自足の暮らしに興味があった由依子さん。東日本大震災をきっかけに、都会での暮らしに危機感を覚え、なるべく自分の手で生み出す暮らしを考え始めていた貴光さん。それぞれの胸にあった「いなかで暮らしたい」という想いが、ふたりになったことで膨らんでいきます。
高原から届ける、季節をむすぶおむすび
2014年、縁あって中辺路を訪れることになったふたり。たまたま立ち寄った高原の集落で、のちのち暮らす家と出会います。「空家があるから見ていくか?」と声をかけてくれたのは、なんと区長でした。住民のオープンな雰囲気と自然の美しさに惹かれ、本格的に移住を考えるように。空き家の下見や、地域のお祭りに合わせ何度も足を運びながら、2015年5月に移住しました。
高原は40世帯、人口約60人の小さな集落。熊野古道沿いの古い民家で、ふたりの暮らしは始まりました。棚田を借りてのお米づくりに挑戦し、畑で野菜を育て、家を手入れして。清瀬にいた頃に求めていた、手間ひまをかけ自分たちで暮らしを整えていく日々。自然とともにある生活に、季節の移ろいを色濃く感じていったといいます。
「家の前に大きなタブノキがあります。冬の間は太陽が低く、タブノキの下を通るから、家に陽が当たらなくてとても寒いんです(笑)。立春の頃になると、また太陽がタブノキの方から上がってくる。季節によって太陽の流れや位置が変わる。その様子を目で見て、肌で感じられることが日々新鮮で。暦をより意識するようになりました」
ふたりは、季節の食材をむすぶおむすび屋「じぞうど」を始めました。梅干しやお味噌など、なるべく身近にある食材を使い、月のリズムとともに季節の移り変わりを味わう“月のおむすび暦”を届けています。
「季節のものを食べることでからだが整ったり、旬の食材が衣替えするように変わっていくのが面白いんです。毎年毎月、そのときどきによって暮らしの出来事があるだろうから、そんなことも一緒に、おむすびにのせられるといいなって。おむすび暦は、私の日記みたいなものでもありますね」
この場所にあるものを活かして、暮らしていく
ふたりは家の隣にちいさなおむすび小屋を自分たちで建てました。昔ながらの建て方を大工さんに教わり、地域の方々や移住者の仲間たちに手伝ってもらいながら、1年かけて完成。ここでむすんだおむすびは、地域にある熊野古道の休憩所「霧の里たかはら」や、各地に出店して販売します。
「高原には高齢の方が多いので、僕らがここに暮らすだけで喜んでもらえる。それだけで、ここへ来た甲斐があります。隣のお父さんとお母さんも、いつも気にかけてくれるんです。おむすび小屋の棟上げのときは、栗と小豆のおこわを炊いてくれました。移住して3年くらいのとき、車で30分くらいにあるみかん畑をお借りしたんです。みかんを好きなおばあちゃんが、長年薬を使わず育ててきたんですが、ケガをして。僕らで引き継ぐことにしました」
冬はみかんを収穫し、春になるとおむすび屋さんとして出掛け、お米を育て、実りの秋を迎える。ここにあるものを使って、いかにうまく暮らしていくか。日々暦を感じ取りながら、ふたりの1年は深みを増していきます。
・屋号:じぞうど
・所在地:和歌山県田辺市中辺路町高原789
・HP:https://jizoudo.blogspot.com/
・Facebook:https://www.facebook.com/jizoudo/