前嶌 昭則(まえしま あきのり)さん

三重県→新宮市

三重県松坂市出身。高校生レストランで有名になった、相可高校の食物科の卒業生であり、辻調理師専門学校の卒業生でもあるという前嶌さん。パティシエとして約10年間勤務するなど、食の世界で活躍してきた前嶌さんが、和歌山県新宮市熊野川町へ移住して描く未来とは。

旅に出てみよう。

30歳を迎える直前、体調を崩したことをきっかけに、長年勤めた食の世界から離れた。何者でもなくなった状態で、ただ、「自転車で沖縄までいこう。」という思いつきを行動に移し、鞄いっぱいに荷物を詰め込み、テントを積んで自転車を漕ぎ出したという。主に野宿で旅を続けた前嶌さんは、雨の日や体調のすぐれない時に宿泊したゲストハウスというスタイルの宿に興味をひかれた。

「ゲストハウスってすごくいいなって思いました。いろんな人が集まって、いろんな話をする。自分が旅をするのもいいけれど、旅する人を受け入れる場所を作るのもいいなと。自分も宿をやりたいなと思うようになりましたね」。

結局1年半かけて日本中を旅した前嶌さんは、実際にゲストハウスを開業するため、さらに行動を起こすことになる。北海道や地元の三重県など、ゲストハウス開業の候補地としていくつかの地域を周り、実際に移住してみたりもしたが、知人が新宮市の熊野川町でゲストハウスを運営していたことがきっかけで、そのゲストハウスの管理人として働くために、和歌山へお試し移住した。

山々に囲まれた新宮市熊野川町の古民家で、ゲストを迎えるため準備に勤しむ前嶌さん。ゲストハウスマタオイナのすぐ脇には熊野川が流れ、熊野古道の小雲取越えが通る山々がそびえている。

1年半の野宿旅を経験した前嶌さんにとって、いきなり見知らぬ土地へ移住することも、それほどプレッシャーにはならなかったという。「仕事があって、住むところがあるならば、何も心配せずに行ける。」と、なんとも頼もしい印象。和歌山は美味しいものもたくさんあるし、いい温泉もたくさんある。暮らしの上ではこの上ない場所だと感じているようだ。

パティシエとして勤務した10年間。食の世界に惹かれ、その世界にどっぷり浸かった前嶌さんは、旅をきっかけに新たな人生を歩み始めている。お試しだった和歌山暮らしも、ゲストハウス運営が板につき始めたことで本格化し、今では存分に和歌山暮らしを楽しんでいるようだ。そんな前嶌さんが運営するゲストハウスとは、いったいどのような場所なのだろうか。

「お客さん」が「友達」になるような宿を目指して

知人からゲストハウスの運営を引き継いだ前嶌さんは、自身でも1件のゲストハウスを新しく開業し、「ゲストハウスマタオイナ」と「ゲストハウスikkyu」の2件のゲストハウスのオーナーとして活動している。念願のゲストハウスオーナーとなり、日々運営に勤しんでいる様子が伺える。

「ゲストハウス運営は本当に楽しい。なんの不満もない。」と話す前嶌さん。

「もともと『お客さん』として来てくれたゲストが、会話や交流を通して『友達』になるような瞬間があるんです。その垣根が取れるような瞬間が最高に楽しい」。

お話を伺いながら、前嶌さんの人となりが滲みでるお話がたくさんある中で、ゲストハウスでの「お客さん」と関わるスタンスは、自身も旅をされた際の経験も相まって、前嶌さんが目指すゲストハウスのスタイルが目に浮かぶようなものだった。受け入れる姿勢を大切にしつつも、主人客人ではなく、対等な関係性で迎えることができるように心掛けているという。そういった姿勢に、親しみを持って再訪する「友達」もたくさんいるのだろう。

「ゲストハウスikkyu」でゲストを受け入れるイメージの前嶌さん。注:ゲストは実際はいません。

「宿泊業も一つの表現。いろんな形で表現したい。

今は宿泊業をしたいというより、自分の表現の一つとして宿があるというような考え方になってきた。宿泊するということは暮らしを体験するということでもあると思うので、僕の理想の暮らしを宿の中で表現して行けたらいいと思う」。

これからもいろんな表現のカタチを探していきたい

移住後の前嶌さんは、ゲストハウス運営の他にも、YouTube、焼き菓子店、イラストレーターなど、様々な表現に挑戦してきた。今後は何か考えていることはありますか?という質問にも、間髪入れず、「次はシェアハウスの運営を始めてみたい」と答えてくれた。

「今はコロナ禍で、宿泊業は厳しい状況です。ゲストハウスとして集客を頑張っていたけど、そういう方向性よりも、今は移住したい人とか、田舎暮らしを始めたい人とかに寄り添えるような場所になっていけばいいと思って。いろんな暮らし方があると思いますけど、都会で疲れている人とか、もう少しのんびり人生を過ごしたい人とか、もちろんそれを経てまた元気に都会で働き始めるということもありだと思うんですけど、少しの期間でものんびり暮らせるような場所を提供できればいいなと思っています。田舎ならではのいろんな体験ができる地域なので、生活と体験がシェアできるような、そんなシェアハウスになれば面白いんじゃないかなって」。

前嶌さんの運営するゲストハウスには、実際に移住を検討している人も宿泊しにくるそうだ。移住に関する相談に乗ることも少なくないそうで、シェアハウスの構想もそういったゲストとの交流から出てきたものなのかもしれない。

「表現」というと、アートや音楽など、何か芸術的なことを想像してしまいそうだが、前嶌さんは暮らしの中、生き方の中でそのような実践をしているようだ。旅を経て、心機一転。新しい人生を様々な模索の中で歩んでいる前嶌さんだからこそ、表現できる生き様のようなものを垣間見ることができた。

「今移住を検討している人は、いろんな移住の形があると思いますが、とりあえず僕の運営しているゲストハウスへ泊まりにきてもらって、一緒にお話しましょう。いろんな悩みがあると思いますが、僕が全部聞きますので!」

現在移住を検討している人へも、頼もしいメッセージをくれた前嶌さん。この記事を読んでいただいた移住検討中の読者の方は、ぜひ一度、前嶌さんの運営するゲストハウスへ行ってみてほしい。そこには、和歌山で理想の暮らしを追い求めて表現する、ひとりの表現者の生き様があり、きっと、あなたの理想の暮らしへのヒントがあるに違いない。