―大阪出身の池さんは、コロナ禍を契機に、仕事中心の生活から田舎での暮らしに惹かれ「地方での起業」を決意。わずか1年で熊野古道沿いの宿場に移住し、民宿をオープンした。そんな池さんの移住・起業に至るまでの取り組みや、現在の生活についてお話を伺った―
熊野古道で民宿を開業
世界遺産に登録されている「熊野古道」。熊野古道には複数のルートがあり、和歌山県南西部の田辺市から熊野三山(本宮・新宮・那智)を巡る「中辺路(なかへち)」は、千年以上前の景観・雰囲気を今に残している。日本人だけでなく、多くの外国人を惹きつける全長約100kmの中辺路には、複数の宿場が存在し、その中の一つに「近露(ちかつゆ)」がある。
大阪府出身の池さん夫婦は、2023年9月、この地に移住し「民宿和合(わごう)」を開業した。
「やりたい仕事ができている」という充実感
春と秋のシーズンは、熊野古道が観光客で賑わう繁忙期。ゲストの多くが熊野古道を歩く外国人観光客だ。池さんは毎朝5時に起床。奥さんとともに、朝食の準備と昼食の仕込みに取り掛かり、宿泊したゲストをお見送りした後、3時間ほどかけて客室を掃除する。自分たちの昼食を済ませれば、次のゲストのチェックインが始まる。夕食では、お好み焼きをみんなで食べるのが好評で、ホットプレートを囲み、ゲストがコテを使いお好み焼きをひっくり返す。上手くいけば、みんなで拍手喝采。心の距離が一気に縮まっていく。池さん自身も、この輪の中に加わり、ゲストと一緒に楽しい時間を過ごす。その後、片付けやネットでの予約メールの確認をするなどして、就寝は深夜0時を回る。
「どのようにすればゲストに喜んでもらえるか」を常に考える池さん。移住前の仕事でも、仕事のことばかり頭にあったが、充実度は今の方がはるかに高いそうだ。「『やりたい仕事ができている』ということが大きいと思います」と、その理由を話してくれた。
移住先を和歌山に決めた理由
大阪市生まれの池さん。高校卒業後に中国(上海)の大学に進学。卒業後は、中国(上海)や大阪、福岡、愛知などでサラリーマンとして働いていた。さらなるキャリアアップを目指して転職した矢先、新型コロナウイルス感染症拡大という予期せぬ事態に見舞われる。これを機に仕事中心の生活を見直した池さんは、「地方に移住し、自分で事業をやってみたい」と思うようになる。そして、夫婦で話し合い、二人の実家に近い「関西圏」で移住先を探すことになった。関西圏の自然の多い地域を探し、和歌山県を訪れた池さん。「和歌山県は、海、川、山がとてもきれいで、大阪まで車で行けば2時間程だったことから、移住先にちょうどいいと思いました。移住後は、英語・中国語のスキルや海外経験を活かして、訪日客向けの事業をやりたいと思っており、外国人が多く訪れる『熊野古道』の存在も魅力でした」とのこと。
「当時はコロナ禍で、中国にいる友人のSNSは、キャンプやハイキングに関する投稿が目立ち始め、日本と同様、中国でもアウトドアブームが起きていました。『熊野古道』に関する投稿も増えていて、フォロワーから『行ってみたい!どう行けばいいの?』といったコメントも多数寄せられていました。この時、私は『熊野古道を訪れる中国人の観光客がこれから増えていく』と確信しました」と池さんは当時を振り返る。
移住に向けた情報を集めるため、和歌山県の移住情報発信サイト「わかやまLIFE」などで地域情報を調べた。その中で、熊野古道の宿場である「近露」や「高原(たかはら)」(いずれも田辺市)は需要があるものの宿泊施設が不足している現状や、住環境としても良い場所であることを知り、池さんは近露への移住を決断する。
県の支援制度を活用し地域交流
体験終了後も、池さんは、休日を利用して近露に通い、地域の行事にも参加する中で、移住起業への熱意を地域の人々に伝え続けた。
池さんの熱意が伝わったのか、しばらくすると、地域の方から物件を紹介してもらうことができた。「地域の行事で、テキパキと動いていたのが良かったのかもしれません。真剣さや本気度が伝わったのかも」と池さんはその当時を振り返る。
その後、紹介してもらった物件に居を移し、開業準備を開始。リフォーム発注や保健所・消防署に提出する各種届出の作成など、膨大な作業を一人でこなした。準備開始から4か月。池さんは、念願だった民宿の開業にこぎ着けた。
今後の目標
今後の夢や目標について尋ねると、「一番は近露で商売をさせていただいているので、熊野古道にもっと多くの人が来てもらえるように、国内外で『知名度』を上げていきたいです。そのためにも、今来ていただいている方の満足度を高めていくことが大切」と答える。
「現在、熊野古道では、増加する観光客に対して十分な宿泊部屋数を提供できていません。日本に敬意や関心を持ち、当地まで来ていただいた方に、より満足して喜んで帰っていただけるように取り組んでいきたい」と池さんは話し、今後、部屋数を増やす計画であると教えてくれた。
移住先で起業するために大切なこと
最後に、移住先での起業を目指す方に向けてアドバイスをお願いしたところ、「まずは地域を訪れて、地域の人と交流し、話を聞くことが大切です。起業プランがあるなら、それに適した物件情報なども得られるかもしれませんし、地域にどのようなニーズがあるのか知ることもできるでしょう。草刈りを手伝う、祭りなどのイベントに参加するだけでもいい。まずは地域に入っていくことが大切です」と自身のこれまでを振り返りながら答えてくれた。