志田 加奈子(しだ かなこ)さん

千葉県→上富田町

―千葉県生まれの志田さんは、都内で接客業を経験し、情報や人の多さに疲れを感じ、「環境を変えよう」と、2023年和歌山県にIターン移住。縁もゆかりもない和歌山で、「林業経験ゼロ・知識ゼロ」の志田さんが林業に就業するに至った背景や、仕事・暮らしぶりについてお話を伺った―

自然を相手にする林業という仕事

林業の朝は早い。6時30分に会社に集合し、班単位で現場に向かう。1時間程、車で移動した後、チェーンソーを抱えて山を登る。枯れ枝や落ち葉が重なり、シダ植物が繁茂する”道なき道”を1時間かけて登っていく。「体力は必要」と志田さんは繰り返す。8時30分、ようやく現場に到着し、作業開始。先輩からのアドバイスを受けながら、志田さんはチェーンソーで木を伐っていく。「農林大学校で1年間、林業を学んだといっても、現場では素人。足下の傾斜が急になれば、一気に作業難易度が上がります。早く先輩方に一人で伐っても大丈夫と思ってもらえるようになりたいですね」と林業の難しさと抱負を語る志田さん。

  伐倒作業(志田さん提供)

午前中の作業を終えた昼食休憩、「山の中は、とても静かで鳥の鳴き声しか聞こえません。本当に気持ちがいい」と林業の醍醐味について話してくれた。小さい頃ガールスカウトに入っていた志田さんは、自然や動植物への関心が高い。山に入る時は鳥図鑑を携行しており、初めて聞く鳥の鳴き声があれば、図鑑で調べるそうだ。休憩後の作業は15時過ぎまで。木にクサビを打ち込む乾いた音が「カンカン」と、辺りに響く。
その日の間伐作業が終わると、来た道を下り、車で会社に戻る。山の中での「移動」→「作業」→「移動」は、体力の消耗が大きい。志田さんが勤める林業会社では、従業員の健康に配慮し、休日設定はある程度、従業員に任せている。志田さんの場合は、「土曜日・日曜日の二日間はしっかり休んで、翌週の仕事に備えます」とのこと。
今の暮らしを「ゆったりとしたこの土地で、のんびり過ごせる充実した日々」と話す志田さん。その表情には、新しいことを学び、経験できる日々の充実感にあふれていた。

 帰宅後に自宅から見る夕暮れの景色
  (志田さん提供)

林業移住を決めた理由

和歌山県への林業移住について、その経緯を尋ねると、「コロナ禍が始まった2020年に、たまたまテレビで白良浜の景色を見たんです。海がとても綺麗で、強く印象に残りました。当時、都会の人の多さ、情報の多さ、雑音の多さに嫌気がさしていた私は生活環境を変えたいと考えていました」と振り返られた。

白良浜

東京の有楽町に「わかやま移住定住支援センター」があることを知った志田さんは、移住相談に訪れ、片道交通費補助付きの現地案内支援制度を紹介される。早速2泊3日で和歌山県を訪れ、移住経験を持つ現地案内人とともに白浜町、串本町を巡ったそうだ。この時、志田さんは移住する決意をおおむね固めていたが、コロナ禍真っ只中の時期であり、県境をまたいでの移動が敬遠されていたため、移住を断念した。
それから1年半後の2022年9月。人の移動や経済活動への制限が緩和される中、県が都内で開催した「林業体感セミナ―」に参加。林業に従事する方の話を聞き、「自然の中で働ける仕事っていいな」と林業に興味を覚えた志田さん。「環境を変えたい」という思いは変わらず、強く心の中にあり、その思いと「林業」が合わさって、「林業移住」を決める。
林業について、全く知識のなかった志田さんは、林業就業希望者向けの学習・研修機会を提供している和歌山県農林大学校(林業研修部、以下「林大」)への入学を決意。入試科目に小論文があると知るや、図書館に行き、林業に関する本を読み漁った。進学理由について、志田さんは「和歌山県は私にとって縁もゆかりもなく、知り合いも誰もいない場所。林業のことも全く何も知りません。林大に入れば、知識も技術も身につけられるし、知り合いも増えると考えた」と話す。
見事試験に合格した志田さんは、3年越しの和歌山県への移住を実現し、2023年4月に林大に入学した。

充実した農林大学校での学生生活

和歌山県が設置している林大は、県南部の上富田町にある。志田さんが「至れり尽くせりだった」と振り返るように、林大では森を育てるための育林/造林、木材加工/木材利用、林業経営、林業機械操作など、座学・実習を交えながら、実践的な知識・技術を習得することができる。「本当にいろいろなことを教えてもらいました。山に生えている木の種類だったり、地質のことだったり。地質については、県中部・由良町の白崎海岸まで出かけて、博物館の先生による現地解説を受けました」と志田さんは楽しそうに話してくれた。
就業支援も充実している。「地元の森林組合や林業会社など3か所にそれぞれ10日間、就業体験(インターンシップ)ができます。別の組合・会社で就業体験をした同期生とも情報交換をしながら、自分にあった就業先を見つけることができます」

和歌山県農林大学校林業経営コース・スキルアップコース概要 令和6年度
(出典)和歌山県農林大学校 学校案内

林大での学生生活について伺うと、「9時10分始業、16時10分終業。チェーンソーでの伐木実習では、古座川町平井にある北海道大学和歌山研究林に2泊3日の合宿に行きます。講師に見守られながら、初めて木を伐倒した時は、自分一人で木を倒せたことに感激しました。授業以外でも、各自で自主練習に取り組んでいました。私は始業前の8時から朝練し、防護服から着替えて、1限目の授業に参加します。お昼休みもチェーンソーの掃除をするなど、毎日の習慣が楽しかったです」

農林大学校での現場実習風景(下刈り)
(写真)和歌山県農林大学校林業研修部facebookページより

林大の同期生について伺うと 「同期生は11名。最年少の19歳から、最年長は50歳代まで、幅広い年齢層の方が関西を中心に全国から来ていました。そして、同期生にはたくさんのことを教えてもらいました」と志田さんは言う。千葉県に住んでいた頃は、鉄道のアクセスが良く、志田さんは車を持つ必要がなかった。移住後も徒歩で通学する志田さんを見た同期生が「自転車貸しましょうか」と申し出てくれたそうだ。また、20年のペーパードライバー歴を持つ志田さんが、大型作業車に関する授業で、「クラッチ」「ギア」の仕組みについて理解できずに困っていると、同期生たちが熱心に解説してくれたこともあったそうだ。「同期生には、すごく助けてもらいました」と志田さんは感謝しきりだった。

農林大学校の講師宅にて薪割り
(志田さん提供)

念願の“見渡す限り一面の海”最高!

和歌山での暮らしについて尋ねたところ、「移住当初、移動は徒歩でした。歩くのは好きなのでラジオを聴きながらのんびり林大に通いました。みんなに『歩き?この土地で!』と驚かれましたが笑い話のネタになっています。実家近辺は平地ばかりだったので、5kgの米を乗せて自転車で登る坂道はなかなか手強かった」とのこと。その後、車を手に入れた志田さんは、休日に白浜や串本、那智勝浦にも出かける。「会社は副業が認められていて、休日はホテルの客室清掃や朝食会場の片付け、梅屋で種ぬき、ほぞ取りと、この土地ならではのアルバイトをしています。帰りには人気のご飯屋さんやパン屋さん、観光地、図書館にも行きます。もちろん、林業の仕事に支障が出ないよう無理はせず『今週末は白浜』、『再来週は串本』とドライブも兼ねて、アルバイトを探しています」と楽しそうに話す志田さん。自然を相手にする林業とは異なり、人を相手にする接客業の楽しさも思い出し、良い気分転換になるそうだ。
「先週は、串本のホテルでの仕事でした。車で現地に向かう途中、長い間、海沿いの道が続きます。
”見渡す限り一面の海”の景色が素晴らしく、運転しながら、『海、最高!和歌山最高!』と思わず口に出してしまいました」と笑顔で話す。

日置川の志原海岸
(志田さん提供)

林業移住を検討されている方へ

最後に、和歌山県へ林業移住を検討している方へのアドバイスをお願いした。「何より体力が必要です。間伐の現場には、重い荷物を背負い、長い距離を移動することになります。木の枝一本で、足をとられることもあり、斜面から滑落する危険があります。現場での作業は、チェーンソーなどの道具を使うので、緊張した状態が続きます。このような心身にかかる負荷に耐えられる体力が求められます」と志田さんは言い、真剣な表情で次のように続ける。「林大での実習では、危険な状況になれば、先生方が注意してくれます。ただ、実際の現場は違います。様々な危険と隣り合わせですし、少しの油断が大けがにつながり、最悪の場合は、亡くなってしまうこともあります。先入観や勝手なイメージを持たずに、先輩方が教えてくれること、注意してくれることをしっかり聞いて、忠実に守る。そんな真摯な姿勢が大切です」

林業移住のポイントについて話す志田さん

―自然の中で働く「大変さ」「厳しさ」を感じながらも、充実した毎日を過ごす志田さん。都会の喧騒から離れ、「環境を変えたい」と林業の世界に飛び込み、日々、新しいことを学び、経験を重ねている。「始まったばかりなので、先のことはわかりません」と語る志田さんだが、自身の変化や成長を感じており、「移住を検討されている方は、まず、和歌山に来てください。来てみないと、その良さはわかりません。私は本当に来てよかった。和歌山最高!」と笑顔で話してくれた。―
取材日:2024年6月16日
<ご紹介>
わかやま林業移住HP
https://kinokuniforester.work/
和歌山県農林大学校HP
https://www.pref.wakayama.lg.jp/prefg/nourindaigaku/