湯川 拓海(ゆかわ たくみ)さん

千葉県→古座川町

奈良県出身。大学進学を機に関東に移り住み、そのまま就職。1年間エンジニアとしてサラリーマン生活を送ったのち、先輩移住者の岩倉昂史(いわくらたかし)さんが代表を務める会社への就職をきっかけに古座川町へ移住した。

「スーツ着て会社と家との往復」はもうやめた。

社会人1年目の時に、「漠然とこのままではいけないと思っていた」と話を切り出してくれた湯川さん。奈良県出身ということもあり、関西エリアでの転職を考え始めた。都会の喧騒の中ではなく、「より日常に近い、人間らしい仕事」がしたいという思いもあった。

「スーツを着て、もう一回面接を受け直すような転職は考えてなかった。漠然とはしていたんですが、なんとなく地方の方がいいなという気持ちがあって、ライターや編集者といった職種にも興味がありました。その時にサイト上でたまたま見つけた、県が行なっている『「しごと」のある「くらし」体験事業』で3日間職業体験ができるプログラムがあることを知り、参加してみようと思いました」。

3日間の古座川町での仕事体験では実際にライターの仕事や、クライアントとの打ち合わせにも同席した。特に“お客さん”との距離感の違いに驚いたという。仕事の上での付き合いだけではなく、プライベートも一体となったような人との繋がりを仕事の中に感じ、人間らしい仕事がしたいという湯川さんの希望ともマッチした。

「最初は少し怖さを感じていました。社会人一年目での転職になるので、次失敗したらどうしようという不安もありましたし。でも本心ではここ(古座川町)に来たいと、体験が終わった時には思っていたと思います。自分の気持ちに素直になるためには勇気が必要でした」。

田舎暮らしそのものに興味があった訳ではなかった。「自分らしさを見つけるため」に思い切った決断が必要だった。客観的に見れば、住む地域も、就く仕事も大きく変化する。相当勇気のいる決断だったに違いないが、湯川さんは実際に現地に来ていた時の体験を一つひとつ思い出しながら、古座川町に移住することを決めた。

入社一年目の湯川さん。文章作成やプログラミング、データ解析など様々な業務に挑戦して経験を重ねている。

古座川に移住してからの仕事と暮らし

先輩移住者の岩倉昂史さんが代表を務めるデザイン制作事務所に就職した湯川さん。現在はWEBサイト制作の際のディレクション業務などに関わっているのだそう。華やかなイメージとは裏腹に、地道で細かい仕事も多い。人と人の間に立ち、調整していくことが湯川さんの仕事だ。

古座川では、一新人社員としてではなく、「湯川拓海」として接してくれたり、意見を求められることも多い。そういった些細な人との関わりの変化も、移住と転職を決断した湯川さんだからこそ手に入った産物だろう。デザイン事務所という職種柄、多様な職業の方々と会って話す機会も多く、様々な価値観に触れることで、自分自身の価値観も養われていっている気がすると話してくれた。

「朝7時に魚市場の見学をさせてもらったり、普段入れないようなところに入ったり、今までまったく関わりのなかった世界と交わることができました。水揚げされてきた魚を見たときの生々しさだったり、そこで働く人々の活気だったり、その場に行かないと分からないような臨場感を伝えていきたいと思いました」。

「今は仕事のことを考えている時間がほとんどです」と、意欲的な姿勢だ。

転職一年目、移住一年目の若者は平日は仕事に没頭している様子。基本的には土日が休み。休日は古座川町を訪れる知り合いを観光案内したり、地域のイベントに参加したり、熊野古道を歩いたりするそう。

「古座川町は自然の地形が面白かったりするので、面白がってくれそうなところを案内しますね」。

いわゆる観光スポットとは違った湯川さんならではの魅力的なスポットを案内すると喜んでもらえるのだとか。

町を流れる清流古座川はファンも多く、県内外からキャンプやカヤックなどに訪れる。

一方で、仕事以外のプライベートでの若い人たちとの繋がりに関してはこれからの課題だという。仕事で繋がった人たちと鍋を食べる企画があったりと、徐々に私生活においても人との繋がりはできてきているが、さらに充実させるために、仕事とプライベートの垣根を越えた人間らしい関わりを求めて、湯川さんは今後も仕事に励む。

古座川に来て世界が広がった

スーツを着て、会社に勤めて、家と会社との往復で生活が完結していたと話す湯川さんにとって、仕事とプライベートの垣根を越えたような人との繋がりや、地域に暮らす様々な職種や年齢の方々との関わりは、湯川さん自身の価値観を拡げ、新たな世界を開いてくれているようだ。

古座川町での生活は、串本町も近くて、普段の生活で買い物に困ったりすることはない。ただ、大阪に出たり、奈良に出たりするのはやっぱり遠い。そういう大変さはある。しかし、地域に暮らす人々との何気ない会話や、スーパーに行けばちょっと変わった魚の部位が売られてたりといった点も、海の近い田舎に暮らす魅力の一つだ。

移住してちょうど一年くらい。はじめは慣れるまでの緊張感みたいなものもあったが、環境もかなり落ち着いてきた。

「会社をやめるとか、移住をするとかは、結構大きな決断。いろんな人にいろんな意見をもらったけど、最初の会社をやめる時も3年はいた方がいいとか、やめるなら早くやめた方がいいとか。でも結局、自分がどうしたいかという気持ちに従うしかない」と、湯川さんらしい移住検討者へのメッセージをくれた。

若い移住者にとって激動の一年だったに違いないが、終始淡々と話を聞かせてくれた湯川さん。今はもっと長いスパンでこの地域で暮らしていくことや、働いていくことについて考えていきたいという。「人間らしさ」を求める湯川さんの古座川暮らしはこれからますます充実していくだろう。

 

株式会社ヒトノハ