高知県出身。父親の転勤を機に中学生の時に岡山県へ移る。その後、京都府の大学で伝統工芸学を専攻。就職先を考えていたころ、大学の先生が現在の職場の社長・東福太郎さんの後輩だったことから「有限会社家具のあづま」を紹介され、就職を決めて和歌山県紀の川市へと移住した。2019年4月に就職し、現在2年目。桐箪笥をはじめとする木工工芸の職人として日々修行を積んでいる。
理想に近いと思い、ここに決めました
京都府内の美術工芸大学で木工コースを専攻していた濱口さんは、もともと工業高校に通いデザイン科で学んでいた。当時から将来は「何か作ることをしたい」という思いがあり、その後の進路を選んでいった。就職先を考えるにあたっては、高知県や岡山県に戻ることも検討し、北海道の木工工場をめぐるイベントにも参加した。
「カンナやノミを使うような手作業の職場が良かったんです。見学させてもらった時に、仕事内容を聞いて理想に近いと思ったのでここにしたいと思いました」。
家具のあづまは桐箪笥を主とした工房だが、椅子や机、小物やオブジェまで多様な制作を手掛け、工程に関しては木の製材から加工、塗装まで一貫して行う。社長の東さんから技術力を認められ、就職直後から実際にお客様の手に届く商品作りに携わる濱口さん。大学時代に基礎を学び制作も行ってきたが、初めて経験することに緊張と責任を感じている。
「大学でも作品制作はしていましたが、実際にお客様の手元に渡る商品っていうのは初めてだったので緊張があります。でも、やりがいも感じています。桐はこれまであまり扱ってこなかったので、ほかの木とは違う難しさがありますね。柔らかいので、刃物がよく切れないと断面がざらっとしてしまったり、粉っぽくなってしまう。ちょっと爪でギュッと押すだけでも、へこんでしまうくらい柔らかいんです。そういう材質的な難しさもあるんですけど、大学時代は一人で小さな物を作ることが多かったのが、大きな箪笥を作るには二人で作業する工程もあり、大学ではやってこなかった、相手の動きを見て作業を進めるという難しさもありますね」。
今の課題は同年代の友人作り。でも地元の人との繋がりに助けられています。
高知県で生まれ、紀の川市に来るまでに二度の移住を経験していることもあり、今回の移住に対しての不安はほとんどなかったという。
「高知では自然の多い割とのんびりしたところで祖母達といっしょに住んでいて、田舎からほとんど出たことがなかったんですけど、転勤で岡山市内に住んでからは他の県に行く抵抗がなくなりました。
田舎も都会もどっちも好きですけど、たまに大阪や京都に遊びに行ったりはします。車の免許は持ってるんですけど、京都にいた大学時代は使わなかったのでペーパードライバーになってしまって自転車で通勤してるんです。近くにスーパーやドラッグストアはありますけど、大きい本屋さんだったり、欲しいと思ったものがすぐにあるわけではないので、大阪に出たついでに買ってきたりしています」。
基本的な生活には困っていないと話す濱口さんだが、移住してから一つ悩みを感じていることがある。
「大学に入ると友達ってすぐできるじゃないですか。今は家と会社の行き来だけというか、社会人になってから友達の作り方がまだ分からず繋がりが広がっていないんです。でも会社のパートさんにすごい良くしていただいて、一緒に遊びに連れて行ってもらったりというのはあります。京都で地元の人と関わるっていうことはほとんどなかったんですけど、和歌山で一人暮らしを始めて社長のお母さんが、マンションの下に停めている自転車のカゴに野菜や果物を入れておいてくれたりして、そういうのはありがたいです」。
今は目の前のことにひたむきに
社会人二年目。慣れないことも多く、楽しいと感じられる時ばかりではない。しかし「物を作ることが好き」だと話す濱口さんは木工に携われている喜びを感じ、日々励んでいる。
「日曜日がお休みなんですけど、何も予定がない時は、気が向いたらちょっと端材や最低限作業できる道具を持ち帰り作業したり、自分が持っている仕事とは関係ない好きなものを作ってみたりしています。ほんの少しですけど」。
ライブ鑑賞やランニングなどの運動も好きな濱口さん。日の長い季節には、仕事終わりに家の近くを走りにいくのも楽しみの一つだ。また、最近はあまり参加できていないが、好きなライブに行くことを目標にして仕事に打ち込んでいる。少しずつ、任せてもらえる作業工程も増えてきた。
「『洗い替え』っていって、箪笥の修理は任せてもらえることが多くなったので、ボロボロだった箪笥がきれいになると達成感があります。引き出しの調整はほとんど社長がしてるんですけど、小さい引き出しは任せてもらうこともあるんです。きっちり入るようにするには精度が必要になるので一番大事な作業だという気がします。削り過ぎると戻らないので緊張感はすごくありますけど、ぴったり入った時の嬉しさはありますね」。
そんな濱口さんに今後について尋ねると、「これからの課題は友達を作ることですね(笑)。インドアなんで、頑張りたいと思います」。
終始穏やかに話してくれた若き桐箪笥職人、濱口凜さん。話している最中は緊張している様子だったが、ひとたび作業に入ると職人の真剣な表情へと一変した。紀の川市のたくさんの温かさが降り注ぎ、若い芽がのびのびと育っていくことを願う。