和歌山市出身。約20年前に大阪市に移り住み、3年ほど広告業の仕事に携わる。アロマサロンのお店を10年ほど続け、和歌山市の実家へ。派遣の仕事をする傍ら、週末はローフード(生菜食)を学ぶため東京に通う。その後、和歌の浦の古民家をリノベーションしてローフードのカフェをオープンするも、大家さんの都合により移転先を探すことに。知人に連れられた湯浅町でカヤックにはまり、カフェ「The 7th Sense Cafe」を営みながらカヤックのインストラクターも行う。
ハワイの景色が和歌山に似ていた
「私の場合は成り行きなので、移住の参考になるかどうか……」。湯浅町の海沿いで営むカフェ「The 7th Sense Cafe」でコーヒーを淹れてくれたあと、森本さんのお話はそんな言葉から始まった。移住までの経緯を聞くと、なるほど、確かに真似をしてできるものではない。一方で、“自分がしたいことはやってみる”という森本さんの一貫した姿勢からなら、取り入れられることがありそうだ。
大阪市で自営のアロマサロンを始めて約10年。都会のど真ん中での仕事は楽しくもあったが、だんだんと疲れを感じるようになっていた。ことあるごとに実家に帰るようになり、いっそ和歌山に戻ろうかと迷っていたところ、森本さんはハワイへと飛んだ。2週間ほどの滞在だったが、体がとても楽になりハワイが好きになった。そして、海はもちろん、たくさんの緑ある風景に、和歌山の南の方に似ていると感じたという。
「あれ、これやったら和歌山と一緒かなと思ったんです。で、もういいかと思って和歌山に帰ってきたんです(笑)」。
カフェをするつもりが、カヤックの魅力にとりつかれ……
実家に戻り、派遣の仕事をしながら週末は東京でローフード(生菜食)を学んだ。その後、ローフードのカフェができるところを探していた際、知人に現在の場所を紹介されたという。そこは、森本さんが「オーナー」と呼ぶ人が借りている、元バーベキューハウスの物件だった。
「そのオーナーさんが日本一周をカヤックでまわったり、世界各地にカヤックを持って行ったりしていると聞いて。カヤックって聞いたことはあるけどやったことはなかったので、オーナーさんに会ってみたくなりました」。
カフェを始めるためにオーナーのもとを訪ねた森本さん。しかし、そこで思いがけない出来事が。
「オーナーさんを紹介してくれた方が突然『私がカフェをやる』って言いだして。えー!と思ったけど、自分がカヤックにはまってしまって(笑)。カフェはまあいいかと思って、一年かな、ここで練習生という形で教えてもらいながら、経験を積むためにカヤックツアーのお手伝いとかをさせてもらいました」。
夏のレジャーといったイメージのあるカヤックだが、森本さん曰く、非常に奥が深いらしい。カヤックの前後には、ハッチという収納スペースがある。サイズにもよるが、60kgほど入りそこにテントや飲食物などを詰めて旅をすることもできる。
香川県の小豆島から山口県の祝島までの約270kmを1週間かけて漕いでいったという経験もある森本さん。五感をつかい、自然と対話し、新しい視点を得ることができ、晴れやかな気持ちにもなれるカヤック。その魅力は、ぜひ森本さんのもとで実際に体感してほしい。
美しい海と、山からいっせいに吹くみかんの香り
湯浅町は醤油発祥の地として知られる。その醤油が生まれる過程に欠かせないのが、海だ。昔から漁業が盛んだった湯浅町の海は、訪れる人々が驚くほどきれいだと森本さんは話す。
「すっごい海がきれいなんですよ。本当にびっくりするくらい。5月の連休が終わるころに、いっせいにみかんの花が咲くんです。昼間は海から風が吹いてくるんですけど、夕方くらいになると山から風が吹くのでみかんの香りがいっせいにきて、それをかぎながらサンセットのカヤックをするのがすごく気持ち良いんです。自然のリズムで過ごしているような気がします」。
縄文時代に存在していた貝の化石が出土したり、無人島の一つに海洋民族が住んでいた跡が残っていたりと、歴史的な面でのおもしろみもある。
また、地域の人たちについて伺うと、「みんなのんびりしてるんで、いまいち約束が約束にならないっていうのかな(笑)。カフェで映画上映とかライブとかもやってたんですけど、『行くわー!』って言いながら来なかったり、そういう緩い感じがあります。人に合わさないっていうか、みんな自分の時間があるような気がする」と森本さん。気候や歴史、そして人からも、湯浅町ののどかな空気が伝わってくる。
何かをしたい気持ちは、とても純粋なもの
アロマにローフードのカフェ。ハワイに行ったり、祝島までの約270kmをカヤックで渡ったりと、興味のあることに純粋に取り組んでいるように見える森本さん。しかし、以前は辛いことや嫌なことも頑張って乗り越える、というふうに自分に負荷をかけて生きてきた。それを全部手放してみようと思っての今だ。
「移住を考えている人には、自分がやりたいと思ったことを、とりあえずさせてあげてほしいなと思う。もう歳だからとか、お金がとか、しない理由っていくらでもあるじゃないですか。でも、やりたいっていう気持ちは、すごい純粋なものだと思うんです。
後々どうなるかはわからないけど、あれ食べたいから食べる、みたいなシンプルな感じで最初はいいんじゃないかな。そしたら気い済んでやっぱりこれじゃないなとか、ほかのことが見えてきたりもするけど、やってみないとわからないから。自分の思いを大切に。なんとかなるし(笑)。できるだけそれを形にしてあげてほしいなと思います」。
進みたい方向を自分で選びつつ、自然の流れに身を任せることもある。そのバランスを取りながら、感覚を研ぎ澄ませて人生の大海原を乗り越えていくような森本さんからは、内に秘めた芯の強さが垣間見えた。